思えば適応障害と診断される前、寝れない、終わらない、さらに降ってくる時期。
周りの人たちは平然とやっていたんですよね。
で、他からはこれは所管が違うとか、これはベンダーとか、これは相手先とか。しっかり人に渡して、そしてそれに関しては何が起きても気にしていない。
だって、自分のせいではない。遅れようが飛ぼうが自分のせいではない。
そこに、その文化にうまく適応できなかったのかもしれない。
新卒で入ってから、1社目はどんどん仕事が降られるし責任を持たされる。そして周りを助ける文化でもあるし、責任はどんどんとっていくというか、責任が共有されている感じ。小さいところから多きところまでチームが連携している感じ。
個人の成長とかで長時間労働やったけど、若さもあったし、協力体制というか仲間間で乗り切っていました。
2社目も小さい会社だったのでチーム戦。
はじめ2つは自責の文化というか、いかに自分の責任として考えて動くかみたいなことが評価されるところ。
今の会社はとにかく責任がきっちり引かれるというかわかれる。
相手のせいであると強めにくる感じ。いかに自分の場所を狭くするかというイメージ。あとはベンダーともきっちり線引き。
前の会社はベンダーとの線引きがあいまいというか、社員がかぶることが多かったけど、今はそこも線引き。
ちゃんとしすぎて、どこまで引き受けるか押し付け合いになる。最終的に札束で補充させる感じ。
しかし、これが普通なんですよね。
自責で引き受けて考える。それを合わせていいもの作るより、はなから明確にしておいたほうがいい。
他責にしないのはいいことのようで、周りが自責の人が多いから成り立つ。
今みたいに責任明確のところでは自責は追い込まれるもとになる。
相手のせいであっても、自分でこうできたんじゃないか、このような支持であるべきだったのではないか。反省はしてもいいけどあくまで相手のせいであることを貫き通さないといけない。;
そうしないと潰れます。
大企業には入れ、安定した企業に行け、それが無理ならコンサルに行けってのは
責任のところなのかなと。
へたなベンチャーやと、自分の成長はある、考えるし、責任も取っていくし自責にして、自分事にしてどんどん解決していく。それはいいこと。
だけども、でかいところやコンサルで、責任分解とか、それに応じたプロジェクトや業務の進め方は学ぶべき。その感覚を持つことで社会人生活がうまくいくんやなと。組織運営とか。
明文化と線引き、そして。相手のせいにするところはしっかり相手のせい。
自責が自分事で偉いと思ってたし相手を助けると思ってたけど
相手のせいにすることがしっかりと相手のためにもなる。そんなことを思い始めた。
しっかりわたす、あなたの責任とする、だからあなたでやって
それをすることで自分の負担は減る。言い方が悪い。負担が減るのではなく自分の領域を進められる。
しっかり渡して線を引く。
月の残業というか週の残業が20時間あたりになってきたからしっかり意識しよう。
このままやとまたつぶれてしまう。
これ以上は倒れられないよ。
競馬が当たればいいけれど、そんな隠居生活はできない。まだまだ。
他責志向は何も生まないとか、悪いと言われるけど、いやいや、他責のところは他責
自責のところをしっかりやる。それだけ。